上記 画像を大きく表示する。

図書館の本から着想を得て詩を作るワークショップ。
普段は手に取らない本、覗かない棚にも(こそ!)創作のヒントがあるかも。
いろいろな本の中に迷いこんで、豊かな詩を作りましょう。

詩: 村田 仁


“図書館の森で迷子を楽しむ” を振り返って   村田 仁

去る 2018年10月6日(土)に、名古屋市鶴舞中央図書館で詩作ワークショップ「図書館の森で迷子を楽しむ」を開催させて頂いた。
 これは、以前より東海地方各所で詩の教室や、詩を作る催しを手がけている詩人 村田 仁という筆者が参加しているもので、鶴舞中央図書館の「秋の読書イベント」のなかで企画された。
 講師紹介の前に、司書の石谷さんが「迷うことの意義」を話してくださった。「今日(こんにち)の社会は、何でも効率よくスマートに調べたり、見つけることが重要視されているが、迷うということは重要であり、そこに豊かさがある」という趣旨であった。そのお話がとても素敵で、迷わずにまっすぐ入ってきたからか、村田はしどろもどろに「何を言えばいいか迷っています」と断れば、スマートだったかもしれない。

今回のために刷ったオリジナル原稿用紙を配布した。十四行ある。ここに三冊の本から言葉を引用し、それを基に推敲してもらう流れである。解説や詩作、完成後の朗読発表は図書館の一室で行うが、本を探しに行く時間は、実際に参加者の方々が図書館の本棚へ出てもらう。
 その三冊は指定されている。まずは「自分が読んだことのある一冊」、シンプルだが自分を森の中から見つけることは楽しい。ワークショップ会場に置かせて頂いた「村田のおすすめ十冊」が実際に集められ、その書籍が並んでいるのを見たとき、自分の本棚が、頭の中が具現化されているようで、更にそれを客観的に見ることができて新鮮であった。図書館の本に限らず、本は公共物であると認識した。
 詩作のための二冊目は「NDCルーレットで当たった本棚から選ぶ一冊」になる。図書館の蔵書を分類している「NDC(日本十進分類法)」の区分コードが印刷されているルーレットが NDCルーレットである。参加者自身でこれを手で回し、当たった NDC番号の棚へ移動し、そこから一冊を選ぶのである。これにより、普段まったく訪れないような森の一角へ向かうことになる。「112 自然哲学」「384 社会家族生活の習俗」「789 武術」「933 小説(英米文学)」「絵本」など、鶴舞中央図書館の区分けに従ってルーレットの目がある。森の豊かさに触れるとともに、自身の言葉の範囲を超えられるかもしれない機会を狙った。
 三冊目は、図書館の森を行き交うなかで見かけた本を手にとってもらう「読んだことはないけれど、惹かれる一冊」である。聴いていないけれど、レコードのジャケットが気に入ったから購入する「ジャケ買い」のように選んでもらう。
 三十分ほどの迷子時間を経て、詩作の机に三冊を持ち寄る。実際に本を開き、そこから文字を、本から感じられる要素を詩に引用するのである。
 一冊一行という決まりは無いので、推敲のなかで偏りが出てくるかもしれないが、三冊の引用が一遍の詩のなかで影響しあうことによって生まれた変化ならば、それは創造であると考える。
 集まった三冊はどれもその方の心を表していた。NDCルーレットのような拘束があっても「詩を書く」という目的の前には、ひとつの選びあげた意志が発生した。何も迷っていない感じを受けたのはそのためである。もっと本棚の上からいくつ目の何ページから引用することや、早く頁をめくり指を挟んだところから引用するくらいに、強引に迷子へ引き込んでもいいのかもしれないと私は会の後半に思っていた。
 詩を深めるうえで重要なプロセスである「言葉を探し続けて迷うこと」を楽しくする仕掛けを、もっと提案していきたい。終了後、参加者の方から「本当に迷いました(笑)」といった感想メールが届いていて嬉しかった。「私の人生はいつも迷子のようなもの・・」という感情の揺さぶりも冗談交じりに伝えてくれた方もみえた。

 詩は行為である。
 混沌とした豊かな森は、時々あまりにも言葉が生い茂って鬱蒼とした暗がりのようだが、その森を開く行為である。
書き手自身が光を照らす、射し込むための詩作である。
 三冊によって照らされた心は、詩になり、それぞれ自分自身の声で読みあげられた。宮沢賢治が雨にもマケズにお弁当のレシピをつくったり、シュレーディンガーの猫が山頭火と呼び合った。引用から浸透しはじめ、ひとつの詩になって一体化していた。

最後に、実際の参加者の方が迷子から得た三冊と、その詩を紹介してこの振り返りを終えたいと思います。
ありがとうございました。

三冊と、そこからの引用(芝山愛子さんのワークシートより)
『マアジナル』
→ 法則性はあるように見えて無い
『人は何を旅してきたか』
→ 景色は不思議なほど透明だった
『芸術療法入門』
→ 詩的コミュニケーション



 詩的コミュニケーション
             芝山愛子

法則性はあるように見えて無い
日常と革命
知と愛の沈黙
理性と狂気
あまりにかけ離れてしまった世界を
結び合わせる糸
表現は言葉によらない
心をなるべく傷つけないように
外へ押し出した
結果的に創造は完成しないかもしれない
だけど
ある朝、
景色は不思議なほど透明だった。



ワークショップの報告が名古屋市図書館のページに掲載されています。
どうぞご覧ください。
行事報告

「作品」一覧に戻る

#

2018年11月1日